秋学期スタート
・昨日から秋学期が始まったが
初日は当然の欠席。
本日は心を入れ替えて、当然の出席。
自分を20年間生きてきたから
初日を休む事は分かっていた。予想通りだ。
・しっかし学校は楽しくない、、、
楽しくない理由は2つある
①学校に友達が存在しない
②コンプレックスである顔の傷を見られる
である。
朝が苦手、勉強が嫌いなど
細かい理由は大量にあるが
割愛させていただく。
全部書いたらタウンページ並に
分厚い本が完成するだろう。
・自分の場合、顔の傷がコンプレックス
と言ったけど
誰でもコンプレックスは少なくとも
1つや2つ持っているだろう。
つまりwe have complexということだ。
そんなコンプレックスを
隠さず強く生きる人もいる。
例えば
⒈性マイノリティを公表し
理解を求める者。
⒉障害や病気を公表し
理解を求める者。
とても勇気のいる事だと思う。
そしてコンプレックスの使い方を
スンナリ正解だなと思うことが出来る。
つまり、腑に落ちるということ。
しかし、あるコンプレックスの
使い方について葛藤を感じた。
コンプレックスを武器にして
笑いをとる芸人だ。
例えば
ブサイクを武器に笑わせる「オカリナ」
細くてキモさを売りにする「アンガールズ」
頭皮の薄さを武器にする「斎藤さん」
コンプレックスで笑いを
取るなんて凄いことだし
自分には出来ない。
だから尊敬もする。
でもそのコンプレックス
を見て笑う人が嫌いだ。
確かに笑って貰えるから
その芸人は給料が貰える。
だから笑わせることが大切。
だからそれを見て誰かが笑ってることが大切。そんなことは分かってる。
①でもそれはコンプレックスを
武器にしている「芸人」
だから笑うのか。
②そもそもコンプレックスで
「悩んでる一般人」
にも同じように笑うのか。
③それとも芸人は笑う。
一般人は笑わない。
ということなのか。
でもそれって
いずれにしても、そのコンプレックスを
馬鹿にしているように感じる。
日常生活でも見えないところでは
馬鹿にして笑い者にして、
見えるところでは気にしていないフリをする。
そういう人間がコンプレックスを武器にする芸人を見て笑うのだろう。
多くの人間の本心は汚くて陰湿で。
自分が被害者にならないと、
その苦しみを理解出来ないのはなぜか。